藺草人日記 #9|畳の年越し

― 掃除・交換・そして新しい1年 ― 【1】畳を替えて、新年を迎える 12月に入ると、「年内に畳を張り替えたい」という依頼が急に増えます。日本では昔から、年末に家を清めて新年を迎えるという習慣がありますが、畳の張り替えもその一つ。年の終わりに新しい畳の香りで部屋を満たし、心機一転で一年を迎える——そんな風景が、今も静かに残っているのです。 私の仕事は修理屋ですが、この時期になると織機や乾燥機がフル稼働している現場を支えるため、点検と調整に奔走します。 調子の悪い1台が止まるだけで、納品スケジュールが狂ってしまう。だからこそ、“12月の一手”はとても重く、真剣なのです。 【2】「まだ使える」の境目 年末の畳交換でよくあるのが、「まだ使えるけれど、替えるべきか迷っている」という相談です。確かに、見た目に大きな傷みがなくても、いぐさがへたって弾力を失い、香りも感じにくくなっていることがあります。私はそんな時、無理に交換を勧めることはしません。理由はただ一つ。「畳は消耗品ではなく、“気持ちを整える道具”でもある」からです。 新しい年を迎えるにあたって、身の回りを整えることは、気持ちのリセットにもなります。そういう意味で、畳の張り替えは“心の掃除”にもなるのかもしれません。見た目だけでなく、感覚や気分を整えるための選択。それが畳の持つ力です。 【3】いぐさの香りとともに締めくくる 私が畳に惹かれる理由のひとつに、「終わりと始まりがセットでやってくる」という感覚があります。張り替えられた畳が並んだ部屋を見ていると、ただの内装ではなく、一年の記憶や思いがそこに積もっていたことに気づかされるのです。 いぐさの香りが立ち上がる瞬間、新しい畳に座るとき、どこかで誰かが「今年も無事に過ごせたな」と思ってくれるなら、それが私の仕事の意味です。 12月は忙しい。でもそのぶん、「今年もやりきった」と心から思える季節。私は今日も、静かに機械のねじを締めながら、また新しい年に向けての一歩を準備しています。 2025年12月1日

11月下旬〜12月上旬に来年の収穫に向けてスタート

かつては畳の材料として地域一帯を覆っていた藺草も、この20年以上は需要が右肩下がりです。それでも先祖代々受け継いできた田んぼを守るため、作付けを減らしながらも細く長く栽培を続けています。静かな田園風景の裏側には、そうした家族の葛藤があります。 専用の苗掘り機を操るのは3代目の息子さん。収入だけを考えれば藺草一本は難しい時代ですが、「この景色だけは残したい」との思いで、早朝から機械の音を響かせながら黙々と作業を続けています。未来を託された若い背中が、産地の明日を支えています。 お母さんと若奥さんが、腰をかがめて一本一本、苗を割る作業を進めます。指先はいつも土と水にさらされていますが、「私たちにできることは丁寧に仕上げることだけ」と、家族総出で出荷までの工程を支えています。 藺草だけでは経営が厳しく、2代目のお父さんはカセットに苗を詰めるかたわら、ブロッコリーなど野菜の出荷準備にも追われています。伝統作物と収益性の高い作物をどう両立させるか、日々試行錯誤が続いています。 本田への田植えが始まりました。収入は全盛期の頃とは比べものになりませんが、「やめてしまえば二度と戻らない」と、黙々と苗を差し込み続ける背中があります。厳しい現実の中でも、技と誇りは絶やさず受け継がれています。 減り続ける畳の需要に合わせて、周囲の田んぼや畑にはキャベツなど別の作物も増えてきました。それでも藺草の列を残し、「全部はやめない」と決めて作付けを続けています。天候や価格に振り回されながらも、産地として生き残る道を探り続けています。 2025/12/01

藺草人日記#7|畳のない家で育った子供たちに伝えたいこと

― 静けさと温かさの原風景 ― 【1】畳を知らない世代が増えている 最近、「子どもの頃に畳の部屋を知らずに育ちました」という声をよく聞きます。フローリングが当たり前の住宅環境、マンション暮らしが増える中で、畳に直接寝転んだり、香りを感じたりする体験は、どこか遠いものになりつつあるようです。 私にとって畳とは、居場所そのものでした。どこにいても自然と足が向かい、家族が集まり、昼寝も勉強も笑い話も、すべてがその上で起こっていました。子どもたちがその心地よさを知らないまま育っていくのは、どこか寂しく、もったいない気もするのです。 【2】畳の上には“静けさ”がある 畳の持つ魅力のひとつに、「静けさ」があります。これは、音が吸収されるという物理的な意味だけではありません。足音がやわらぎ、空気が落ち着き、気持ちが穏やかになる——そうした空間の質が、畳のある暮らしには確かに存在します。 最近では、畳に触れる機会が減ってしまった方々に向けて、地域で“いぐさ体験教室”等が出来ないかということが話題になります。地域の仲間たちと話す時、私は織機の使い方や技術的な話だけでなく、畳の上で遊ぶことの面白さや、香りに包まれる感覚についても話します。「心が落ち着く」という感覚を、体で知ってもらいたいのです。 【3】文化を“懐かしい”で終わらせないために 畳やいぐさは、ただの伝統ではありません。私たちの暮らしに根ざしていた“心のよりどころ”です。けれど、それが今、「懐かしいね」で終わってしまう危機にあります。文化は、使われてこそ生きるもの。次の世代にも手渡せるようにするには、まずは知ってもらうことが大切です。 だから私は、畳の機械を修理するという小さな役割の中にも「伝える責任」があると感じています。子どもたちが将来、自分の家に一畳でも畳を敷きたいと思ってくれるような、そんなきっかけをつくっていけたら嬉しい。いぐさの香りに、少しでも多くの未来が触れてくれることを願っています。 2025年10月1日

藺草人日記#6|いぐさのまち・八代から

― 継がれるものと、失われるもの ― 9月、夏の暑さも少しずつ和らぎ、秋の気配が感じられるようになりましたが、先月8月11日、熊本・八代地方は記録的な大雨があり、多くの方が不安な時間を過ごされたことと思います。被害に遭われた皆様に謹んでお見舞い申し上げます。 幸い、私自身や家族は大きな被害なく無事でしたが、改めて自然と共にある地域で生きていることを実感しています。八代平野地方のい草生産者はじめ各農産物生産者の方々も甚大な被害を受けました。復興するには少し時間が必要な人達もおられると思いますが、上を向いて一緒に歩いて行きましょう!!   【1】八代の朝は、いぐさの匂いから始まる 町のあちこちには、いぐさを干す風景や、織機のリズムが響く作業場が残っており、「ああ、ここはいぐさの町なんだ」と実感させられます。八代はいぐさ生産量日本一を誇る地域であり、畳のふるさととも言える場所です。けれど、農家の数も機械の整備工も、年々少なくなっています。畳文化を支えてきたこの土地で、私は「次の一手」を常に考えながら仕事をしています。 【2】「受け継ぐ気はあるけれど…」という声 最近増えてきたのが、跡継ぎ世代からの相談です。「親の後を継ごうと思っているが、機械の扱いに自信がない」「誰に聞けばいいのかもわからない」——そんな不安を抱える若者たちが、私に連絡をくれるようになりました。 私は修理人ですが、彼らにとっては“畳の作業を知っている年長者”でもあるようです。話を聞きながら機械を見て、操作方法やクセを一つひとつ教えていきます。決して簡単なことではありませんが、「いぐさをやりたい」という気持ちがあるなら、その灯を絶やしてはいけない。そんな気持ちで向き合っています。 【3】いぐさ文化を、暮らしの中に戻したい 機械修理という裏方の仕事をしていると、文化というものは“人の手”でつながれているのだと強く感じます。便利なもの、新しいものに押されて畳が減っているのは確かですが、それでも「やっぱり畳が落ち着く」という声を聞くたびに、希望を感じるのです。 いぐさ文化は、博物館にしまわれるものではなく、暮らしの中にあるべきもの。私はその橋渡し役として、壊れた機械を直し、迷っている後継者に寄り添い、いぐさのまちで今日も工具を握っています。継がれるものと、失われるもの。その境界線に立ち続けるのが、今の私の仕事な

藺草人日記#5|畳の香りは、なぜ懐かしいのか

― 脳と嗅覚と日本人の記憶 ― 【1】香りで時間が巻き戻る 8月のお盆になると、帰省先で祖父母の家に泊まる人も多いのではないでしょうか。ふすまを開けた瞬間にふわっと漂ってくる、あの畳の香り。それだけで、一瞬にして子どもの頃に戻ったような感覚になることがあります。この「香りで記憶がよみがえる」現象には、実は科学的な裏付けがあるそうです。 嗅覚は、五感の中でも特に「感情」や「記憶」に直結する感覚です。脳の海馬や扁桃体と深くつながっており、いぐさの香りは、過去の体験とセットで脳内に刻まれている。だからこそ、畳の香りには“懐かしさ”や“安心感”が自然と宿っているのだと思います。 【2】いぐさの香りがくれる、心の余白 私が訪問修理で農家さんを回ると、機械のにおい、乾燥機の熱気、泥の匂い、そしていぐさの青い香りが混じり合った独特の空間に身を置きます。その中で、ふと畳の香りが立ち上がる瞬間があります。汗をかいた肌に風が通り、いぐさの香りがふわりと鼻をくすぐる。あの感覚は、どんな高級アロマでも味わえない“自然そのものの癒し”です。 いぐさの香りには、心を静かに整えてくれる力があります。急かされることの多い今の世の中にこそ、こうした「何も考えない余白」が必要なのではないか。私は畳の香りを嗅ぐたびに、そう思うのです。 【3】香りを未来に届けるという仕事 私が関わっているのは、いぐさを育てることでも、畳を敷くことでもありません。壊れかけた機械を修理するという、言ってしまえば“裏方”の仕事です。それでも、直した機械が動き出し、また香る畳が世に出ていく。その連鎖の一部に自分が関われていることが、私の大きなやりがいになっています。 いぐさの香りは、いわば文化そのものの香りです。どこかで誰かが「この香り、懐かしいな」と思ったその瞬間、私の仕事は静かに報われている。だから今日もまた、私は部品箱を開き、次の修理に取りかかるのです。 2025年8月1日

藺草人日記#4|この一手が未来を守る

― 壊れた機械を直す“いぐさ屋”の日常 ― 【1】いぐさ刈り前の事前準備 いつだったでしょうか、ある日のことです。いぐさ刈り前に点検・準備作業していたある生産者さんから連絡が入りました。「乾燥機の乾燥を効率よくするために修理してくれんどか?部品の材料はホームセンターで買って来るけん」。自分で出来るか不安だったがお客さんの役に立てればと、即二返事で了承しました。乾燥効率がいまひとつ良くなかった原因は、昭和時代から使っている乾燥機の不具合部分。部品の在庫はなく、代用品を調達してもらって即座に加工し、応急処置を施しました。生産者さんの反応は?「上出来、上出来たい!」。 【2】技術よりも、人を見る いぐさ機械の修理と聞くと、専門的な知識や工具の使い方ばかりが注目されがちですが、実は「人を見る力」も欠かせません。この農家さんはどの作業に時間をかける人なのか、どこに妥協しやすいか。逆に、どこに絶対的なこだわりを持っているのか。そうした「クセ」を理解していないと、同じ機械でも調整の仕方がまったく変わってくるのです。 私は毎回、修理をしながら会話を重ねます。「今朝は、空気が乾いとったですね」、「去年と育ち方が違いますね」——そうした雑談の中に、大事なヒントが隠れている。人がいて、道具があって、はじめて機械が生きる。修理とは、単なる技術ではなく“対話”しながら農家さんたちが、少しでも豊かになれるように想いを馳せて。 【3】失われつつあるものを、つなぐ いぐさ機械の多くは、すでに製造が終了して久しく、メーカーのサポートも受けられません。私は解体した機械のパーツを保存し、必要があれば加工して再利用することで、延命させています。それは、過去から預かったものを未来へつなぐ、ひとつの使命でもあります。 世の中は効率化と新しさを求めることが自然ではありますが、畳やいぐさのような文化は、「直して使う」ことによって深みが増していくのだと思います。私はこれからも、この小さな“いぐさ屋”だけど頼られる存在であり続け、この地元から未来に向けて静かに手を動かしていきたい。そんな思いで、今日もまた工具を握っています。 2025年7月1日

藺草人日記#3|梅雨と畳と、職人の手

― なぜ今も畳は呼吸しているのか ― 【1】湿気の季節に思い出す、畳のちから 6月といえば梅雨。湿気がまとわりつくような日々が続きます。雨の日は、古い家屋に住んでいると、畳の香りがより濃くなることに気づくものです。それは決して不快ではなく、むしろ心が落ち着くような感覚になります。調べてみると、畳の原料である「いぐさ」には空気中の湿気を吸収したり放出したりする「調湿機能」があるというのです。 畳は「呼吸している」と言われるのは、この機能のことを指しています。現代の住まいではフローリングが主流になっていますが、湿気の多いこの季節になると、昔ながらの畳のありがたさを再認識するのです。 【2】いぐさの力と、職人の知恵 いぐさは1本1本が細く柔らかいため、簡単に折れてしまうように見えますが、実際にはとても丈夫です。水辺で育ったいぐさはしなやかで、乾燥しても適度な弾力を保ちます。この性質こそが、畳の踏み心地の良さや耐久性につながっています。 しかし、いぐさの良さを最大限に引き出すには、機械だけではどうにもなりません。編み込みの角度、乾燥の度合い、そして張り替えのタイミングなど、細やかな判断が必要です。私は機械を直す側の人間ですが、職人さんたちの手さばきを見ていると、まるで自然と会話しているように見えることがあります。いぐさの声に耳を傾ける、そんな知恵と経験の蓄積が、畳の質を左右するのです。 【3】今こそ畳に触れてほしい理由 畳は古い、というイメージを持つ人も多いかもしれません。でも実際には、いぐさの香りがストレスを軽減することや、空気をきれいにする力があることが科学的にも明らかになってきています。特に、窓を開けられないようなジメジメした梅雨の時期には、その効果を感じやすいでしょう。 だからこそ、私はこの時期になると「畳のある暮らし」を伝えたくなります。たとえ一部屋だけでも、畳の部屋を持つことは暮らしの質を高めるきっかけになります。職人が手をかけ、自然と対話しながら作り上げた畳の一枚には、日本の気候に寄り添う智慧と美しさが詰まっているのです。 2025年6月1日

藺草人日記 #2|いぐさの季節がやってきた

― 田んぼじゃなくて畳に生きる植物 ― 【1】水辺で育つ「いぐさ」、畳として生きる 5月になると、熊本県の八代平野の田んぼに水が張られ、田植えの季節がやってきます。その風景を見るたびに、私は少しだけ胸が高鳴ります。なぜなら、私たちが扱う「いぐさ」も、水田で育つ植物だからです。ただし、いぐさはお米とは違い、「食べるため」ではなく「暮らすため」に育てられてきたという点が、他の作物とは大きく異なります。 いぐさは、田んぼのような湿地帯で栽培され、乾燥させてから畳表に加工されます。昔から日本人の生活に欠かせない自然と調和したこのいぐさは、見た目は細く頼りなくとも、実はとても頑丈で調湿性にも優れており、今のようにエアコンのない時代では、夏の快適な住まいを支えていました。 【2】「畳」は文化であり、生活の知恵だった 現代の住宅事情では、畳のある部屋が減ってきましたが、それでもなお、いぐさの香りや手触りには、多くの人がどこか懐かしさを感じるようです。私自身も、畳の香りを嗅ぐと、祖父母の家を思い出します。いぐさは、目に見えない形で記憶と感情に結びついている植物なのかもしれません。 そして、畳の持つ力はそれだけではありません。いぐさには空気中の湿度を吸ったり吐いたりする「調湿作用」があり、さらにアンモニアなどの臭いを吸収する働きもあります。これはまさに、自然が作り出した「呼吸する床」。日本の気候に合った生活の知恵が詰まった素材です。だからこそ、私は今もこの仕事を続けているのだと思います。 【3】いぐさを繋ぐ仕事、それが私の役割 私は、いぐさを「育てる」人間ではありません。ですが、いぐさを「使う」ための機械を修理することで、この文化に関わり続けています。昭和の時代に作られた機械が多く、今や部品も手に入りにくい中、それでも直してほしいという声がある限り、私はこの仕事を続けます。いぐさという植物、畳という文化、そしてそれを支える機械や人。どれが欠けても、この世界は回りません。私自身は「いぐさ博士」ではありませんが、「いぐさに詳しい人になりたい」という気持ちは、本物です。この連載を通じて、自分自身の学びを深めながら、少しでも多くの方にいぐさの魅力を伝えていけたらと思います。 2025年5月1日

藺草人日記 #1|春の手入れが、一年を決める 

― いぐさ機械と技術のバトン ― 【1】春は準備の季節 4月、新しい年度が始まり、世の中はどこかそわそわとしています。学校や職場では「スタート」の空気が流れていますが、私たちの現場でも同じように“準備”の季節がやってきます。いぐさ農家さんにとって、これから始まる育成や乾燥作業に向けて、今の時期に機械の調整をしておくことがとても重要なのです。 冬の間に使わなかった乾燥機や自動織機、切断装置などを一つひとつ確認し、部品の劣化や油切れを点検していきます。この「ちょっと早いメンテナンス」が、夏以降の稼働トラブルを未然に防ぎ、作業の効率と品質を大きく左右します。春の整備は、まさに“見えない仕事の始まり”です。 【2】機械の調子は、農家のリズムに合わせて 機械は「壊れる」だけでなく「調子が出なくなる」ことがあります。少しだけ音が変わった、切断の角度が微妙にズレている、電源が入りにくくなった——そんな小さな異変も、熟練の農家さんはすぐに気づきます。だから修理する私も、“目に見えない違和感”に耳と目を研ぎ澄ませなければなりません。 面白いことに、機械の癖は、持ち主の癖と似てくるのです。ある職人さんは力強い織りを好み、ある人は静かな回転を望む。だからこそ、私は現場で相手としっかり話すようにしています。その人の「畳の織り方」や「こだわり」を知ることで、機械の調整にも“その人らしさ”を反映させることができるのです。 【3】次の世代へ技術を渡すとき 最近、若い世代の方が機械の調整に立ち会う姿を見ることが増えました。ベテランの親から作業を受け継ぐため、現場でメモを取ったり、写真を撮ったりしている。こうした姿を見ると、私は胸が熱くなります。 いぐさという植物を扱う技術はもちろんですが、それを支える“機械の扱い方”もまた、立派な継承の対象です。私の仕事は、部品を変えることではありません。技術のバトンを滑らかに渡す“つなぎ役”であること。春はその第一歩として、とても意味のある季節なのです。 2025年4月1日

-新年のご挨拶に代えて-

2024

元旦夕方に発生いたしました、能登半島を震源とする「令和6年能登半島地震」にて、先ずは被害にあわれた皆様には謹んでお見舞いを申し上げます。 この写真は年末に庭で撮ったものです。今年の正月、私は多くの時間を家族・親族と過ごす事ができました。 災害は忘れたころにやってくると言いますが、私たち人間と同様、改めて地球も生きているのだということ、みんなで『命』について話をすることが出来ました。 熊本地震で被災した際には、皆様から頂戴しました心温まるお見舞いご支援でどんなに私たちが勇気づけられ、励まされたことか。今でも昨日のように思い出されます。当たり前のことが当たり前じゃないこの小さな幸せの瞬間を日々大切に感謝して過ごして参りたいと思います。 初仕事 3月の畑苗用にポット苗(今年)をい田植えしました。 今年も昨年と同じく1丁7反分の苗です。 右から、みどり(3反)、ヒノはるか(1丁2反)、すずかぜ(2反) 今年も生育がよくなりますようによろしくお願いいたします。 2024年1月9日